樹海さんがメモるスレ  投稿
187投稿者:樹海さん 05/18(月) 13:30
ニュースの本棚:松谷みよ子の世界 言葉が生きたまま人に届く 東直子
2015年5月10日05時00分

児童文学作家の松谷みよ子さん。2月に89歳で死去。
 子どもの時に読んで、楽しいけれどもなんだかこわい、不思議な読後感を残した『ちいさいモモちゃん』のシリーズを、大人になってから読み返した。胸がしめつけられた。自分が小さな子どもを育てていたときの、忘れかけていた様々なことをこまかく思い出したからだ。もちろん「モモちゃん」や「アカネちゃん」が主役の本だが、彼女たちの「ママ」の喜びと悲しみの物語でもあったのだということを痛感したのだった。

 ■異世界へのドア

 「ママ」や「パパ」の気持ちは、生き生きとした子どもたちの目線で形成された明るい世界の底にぎゅっと押し込められていて、大人の身体でそこに踏み入れたときに、じわっと、そして強く、気付くようにできていたのだ。とはいえ子どもは明文化されていなくても、その鋭い感覚で悲しみや不安を汲(く)み取る。言語化されなかった感覚は、記憶の底に消え残る。

 「だれかさんのうしろに ヘビがいる/ぼく?」(『モモちゃんとアカネちゃん』講談社文庫・596円)のように、ふと差し込まれる歌のような文言は、日常から異世界へ通じるドアのようだった。不思議な世界へ行けるドアがあちこち設置されていても、家族の物語がリアルに感じられたのは、松谷さん自身の人生が投影されていたからだと思う。

 『自伝 じょうちゃん』には、「じょうちゃん」と呼びかけられるような裕福な家庭に生まれ育ったのち、父親の急逝、戦争、結核の発病など、様々な苦労を強いられた半生が綴(つづ)られている。夫と別れ、二人のお嬢さんを連れてトラックで新しい家に向かう場面に胸が熱くなる。

 『モモちゃんとアカネちゃん』で「出発しまあす。モモちゃんたちものってください。ブブーッ」と言われて乗り込む場面が、「家具ちゅうもんはないんですか、だいたいが段ボールですか」という現実的な大人の会話として描かれる。新しい家に持っていく家具は、鉄のパイプを組んだ病院のベッド一つきりだったのだ。

 フィクションの世界の「ママ」と一人の女性の生涯とを重ねあわせて読むと、それぞれの物語がそれぞれに味わい深くなる。

 松谷さんは、このモモちゃんシリーズ等の創作童話を執筆する傍ら、日本の各所に伝えられてきた民話を集め、再話として発表した。現代と過去の時間を自在につなげることで、すべての作品に独特の深遠さが加わったのではないかと思う。

 ■身体から身体へ

 『民話の世界』では、民話を採集していた日々の記録とともに、国際アンデルセン賞優良賞を受賞した『龍の子太郎』(講談社)などの物語が成立していく過程をつぶさに知ることができる。そして、民話を通して日本語の物語を綴り、語り伝えていくことの意味と、そこに込められたメッセージを、直接ひしと受け止めた。

 「もともと私は山の村を訪ねて、本格昔話を聞くよりも伝説と入り交じったあたりや、世間話を聞くのが好きなのである。なぜならそこには、その土地の人々が語り伝えてきたものがあり、より多く祖先との出会いを感じるからなのである」

 学問としての言葉ではなく、人の身体から身体へと伝えられる、生きた言葉を大切にしてこられたことが分かる。生きた言葉は、生きたまま人に届く。

 松谷さんが書き残した言葉は、私たちの身体の中にずっと生き残り、心を支え続けてくれるだろう。

 ◇ひがし・なおこ 歌人・小説家 63年生まれ。『晴れ女の耳』など。

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