樹海さんがメモるスレ  投稿
186投稿者:樹海さん 05/18(月) 13:30
 若い頃、民話を採集するため、全国のお年寄りを訪ねて旅をした。「もう、どこへでも1人で行ったのよ」。車も通れない山道を歩き、橋が落ちていれば4キロ離れた別の橋を渡り、撃たれたばかりのイノシシと一緒にトラックに揺られたこともある。旅の途中、女川で岩崎としゑさんという女性に出会った。「むかす、むかす(昔)」で始まる民話とともに、実際に経験した津波の怖さを語ってもらった。現代の物語は今を生きる人々の「民話」なのだと気づき、その出会いが「現代民話考」全12巻などの著作につながった。

 東日本大震災の後、女川へ行きたい思いは募る。しかしこの数年間、体調を崩しては入退院を繰り返しているため、まだ行けていない。

 米寿の祝いを終えた後の今年5月、いきなり転倒し、大腿(だいたい)骨を骨折した。医者は「もう88歳です。手術後は寝たきりを覚悟してください」と瀬川さんに告げたそうだ。なんて話をしていたら、松谷さんが隣で、「えっ、医者が寝たきりって言ったの? 全然知らなかったわ」とけらけらと笑っている。実は「モモちゃんのママ」は恐ろしく前向きな人なのだ。瀬川さんは「母は何があっても『戦争時代の苦労を思えば何てことないわ』って笑い飛ばすんです」と笑顔で話した。

 実際、松谷さんは1カ月足らずで退院。リハビリに向け、今はやる気満々だ。「母は不死身で、これまで何度も医者を驚かせてきた。今回もこうして起きて、1人で座ってしゃべるところまで回復しました。だからいつかまた歩けるようになって、きっと行けると思う、女川にだって」。しみじみとそう語る瀬川さんの隣で、松谷さんがため息をつくみたいにつぶやいた。

 「行きたいねえ、女川」

 秋には、自宅の庭に建つ文庫「本と人形の家」が再開する。本の整理のため一時閉じていたが、1万冊近い児童書や絵本の蔵書があり、1972年より40年間以上、地域の子供たちに愛されてきた。松谷さん自らが絵本や紙芝居を子供たちに読み聞かせもしてきた。今も誰かが誰かに肉声で語る、「語りの力」を信じている。

 紙芝居をまた読んでくれます?と尋ねたら、「私で良ければね!」。澄み切った青空みたいな笑顔だった。【小国綾子】

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 ■人物略歴

 ◇まつたに・みよこ

 1926年、東京生まれ。「龍の子太郎」で国際アンデルセン賞優良賞受賞。「ちいさいモモちゃん」で野間児童文芸賞。今年8月、「民話の世界」が講談社学術文庫から復刊された。

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